「料理しかしない」は、悪いことでも責められることでもない

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先日、ある男性が「おれの嫁ね、家事って料理しかしないの。洗濯も掃除もテキトーだし。」と言ってるのが聞こえてきたんですよ。

みなさんは、どう思いますか?

私に向かって言ったわけじゃないのに、思わずそちらを見てしまいましたよね。すぐ目をそらしたけど。笑

「家事」というと、【料理】【洗濯】【掃除】は、日々のものとして挙がる、いわゆる「三大家事」だと思ってるんですけどね。

でも私は常々、この3つって、かける労力に、明らかな差があると思ってます。

仮にランク付けをするとすれば、こんな感じ。

  1. 料理
  2. 掃除
  3. 洗濯

明らかに料理はウェイトが重い。

掃除と洗濯に関しては微妙です。掃除はどこまで徹底的にやるかで労力は変わってくるし、洗濯も、毎日泥だらけの靴下やユニフォームを洗うとなるとすさまじく疲れます。

でも、それを差し置いても、料理というのは一般的には1日3回行われる家事で、私はこの時代に3食しっかり作ってる人がいるなら、たとえ他になにもしてなくても拍手したいくらいすごいなーと思います。

料理、料理って言うけどね。「キッチンに立つことだけが料理じゃない」と、声を大にして言いたいの!

食卓に料理が並ぶまでには

  1. 献立を考える
  2. 材料をそろえる(なければ買い物に行く)
  3. 夕食の時間から逆算して調理を始める
  4. 盛り付ける
  5. キッチンからテーブルに運ぶ

いいですか。これを「料理」というのです。なんにもしなくても、お野菜トントン切ってれば料理になると思ったら大間違いです。

この、献立を考えるというのだって簡単じゃない。毎回毎回、食べたいもの作ってても、どうしても使いきれない食材が出てくる。だから、それを使いきるためのメニューも考えなければならない。いやー、発狂ものですよ。笑

とはいえ、もちろん料理が好きな人は苦にならないし、苦手でもやってるうちに慣れるので、なんとなく出来るようにはなるものです。それでも、基本的な手順やプロセスは変わらないんですよね。

だからね、「料理しかしない」というのが事実だとしても、「料理をしてくれる」人がいるということは、本当にありがたいことだと、これは男女も年齢も関係なく、ぜひぜひ感じて欲しいなーと思います。

だって、あなたのために、それだけの労力をかけてくれるんだもの。

いまいちわからないなら、ぜひ自分でやってみてください。1食だけじゃないですよ。1週間。1週間はやってみてください。

そのなかで、食材を無駄なく使うことの難しさや、生ゴミの処理の仕方、ささいな下ごしらえによって仕上がりに差があることに気づけるかもしれません。

冒頭で話した男性は、奥さんがごはんを作ってくれても「でも料理しかしないもんなー」って気持ちで食べてるのかなぁ。もったいないなぁ。

奥さんの手間も、時間も、気持ちも、受けとることができないまま、ただ料理を口に運ぶなんてもったいない!!ああもったいない!!

もし、「料理しか」しないことに不満があるなら、料理しか出来てない現状を一緒に考えて欲しいなぁ。奥さんには、洗濯や掃除に手が回らない理由が、悩みがあるのかもしれない。

家事というのは、家の事、ですよね。それは、家族のためのものであり、日々の暮らしのためのもの。分業割合や、誰がどれくらいするかは個々に差があっていいんです。でも、「我が家の家事について」というのは一緒に住む人たちが、共に考えるべきことであるのは間違いないです。

家族の誰かが苦しい思いをしているなら、それは、共有して、改善していくべきことだと思います。

毎食じゃなくていい、毎日じゃなくていい、1週間に1度だっていい、誰かがあなたのために料理をしてくれたなら、それはとってもとっても素敵なこと!

味とか見た目とか、そんなのは二の次で、まずは、献立を考えるところからスタートして、食卓にごはんを並べてくれたことに感謝!!!

もちろん、料理に限らず、掃除も洗濯も、家のために、暮らしのために、してくれたことなら感謝!!家事というのは、「暮らしのため」に共に住む人たちが積み重ねていくもの。

え?一人暮らし?なら盛大に褒めるべき!誰かのためより自分のためが難しいことってあると思います。それでも、自炊した、洗濯した、掃除もやったぞ、それって最高!素晴らしい!

「当たり前」って言えばそれまでなんだから、盛大に感謝したり、盛大に自分を褒めたり、出来る暮らしを作っていけたらいいね。

今日も晩ごはん楽チンメニューでサボったけど、大丈夫大丈夫!よくやった!そんな日もあるさ!笑

おしまい!

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