大雨の日、それでも食べ物は流通する

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今日は、久しぶりに大雨が降っている。

雨の日は珍しくないけれど、これだけのどしゃ降りは久しぶりな気がする。

別にめずらしい話ではないと思うけど、私は雨の日が嫌いじゃない。

ただ、農業という外仕事では、「晴耕雨読」は、おとぎばなしみたいなもので、雨だろうと、雪だろうと、外で作業をすることはざらにある。

ちなみに、雷だけは例外。雷がなったら、外では働かない。

畑にしろ、田んぼにしろ、だだっ広いっところでは、人は雷に打たれやすい。


野菜を育てていた頃、どしゃ降りの雨のなか、何時間も収穫作業をしたことは一度や二度ではない。

カッパを着ていても、いつのまにか下着までびしょ濡れだし、ゴム手袋をしていても、全身からしたたる雨水が手袋の内側に入る。

コンテナや道具を持っても滑りやすいし、倉庫や冷蔵庫も、濡れた長靴は転ばないように慎重にならなければならない。

雨の日の作業は嫌いだった。

厳密にいうと、雨に濡れて作業するのは、心地よくはないけど、まだ収穫しなきゃならないという使命感があったから頑張れた。

でも、それだけが仕事じゃないから、ずぶ濡れになったあと、服を着替えたり、乾かしたりしながら、選別や出荷、事務作業にはいるのは、憂鬱だった。

なにが嫌かって、それは、学生の頃のプール終わりのような感覚を思い起こさせた。

私は、あの湿っぽい髪の毛に、全身から漂う塩素臭さが苦手だった。

でも、雨の日の仕事は嫌いだったけど、雨のことも仕事のことも嫌いにはならなかった。


いまは、もうほとんど雨のなか作業をすることはない。

でも、雨が降ると、雨の音を心地よく聞きながら、このどしゃ降りのなかでも、食べ物を流通させるために働く人たちのことを考える。

「雨でも働くのは収入のためでしょ」という人もいるかもしれない。

もちろんそれはある。ただでさえ不安定な業種だから、稼げるなら多少ムリをしてでも稼いでおきたい。

ただ、私が知る限り、収入のためだけに働く生産者はほとんどいない。

そもそも、本当にお金に執着する人で農業を選ぶ人は少ないからだ。

スーパーに並ぶ野菜はみんな何事もなかったかのように、すましている。

でも、その向こうには、その日その日の収穫があり、労働がある。

別にそんなの農業に限った話ではないけれど、私は雨が降ると、雨に打たれながら、いつも通りに出荷をしている生産者のことを考える。

自分が経験しなければ、絶対に考えなかったこと。

もっと、細かく、丁寧に、書きたいな。

今週は雨模様の日が多いようだけど、気温はぐっと春に近づいている。

ああ、花粉症なんだよなあ。

それでも、春は、いつも待ち遠しい。

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