言葉も伝えないと鮮度が落ちてしまうよ。

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ブログみたいなものは、特定のテーマや日々の徒然を流れるようにしたためていくものというのが一般的な解釈なんだと思う。

当初、テーマを絞ろうなんて思っていたけれど、もとが一貫性のない人間なもので、その方針は割と早々に辞めた。できぬ。

だから、よくわからないけど、よくわからないなりに、今日も書きたいことを書いてみる。

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言葉は生ものだ。

活きのいい言葉には、多くの人が惹かれると思っている。

こんなことを言うと、過去の偉人の言葉だって響くものが多いじゃないかと言われるかもしれないけれど、それは”語り継がれて”いるからであって、語り継がれた言葉が新鮮である限り、それは活きがいいのだと解釈しているのだ。

だから、言葉は、伝えないと、発信されないと腐ってしまうこともある。

実は、書いたのに後悔しないまま月日が過ぎてしまった文章が、結構ある。

半端ない熱量で書かれたものも、なかには1万字近くあるものもある。

でも、なぜかその時、公開のボタンが押せずに、下書き保存にしてしまったものたち。

残しているつもりもないけれど、わざわざ消しもしないので、いくつかを見返してみた。

なんなら公開しちゃおうかな~って。

だけど、なんか、鮮度が悪い。

内容は何ひとつ変わらないのだけど、ああ、なんか活きが悪い。

これは、書き手にしかわからない感覚なのかもしれなけれど、そういう言葉は伝わらない。

人は言葉を発する時、それが声だろうと文字だろうと、伝える必要があるから発する。

自分にあった出来事を伝えたい時も、役所で記入を求められた書類も、道を尋ねる時も尋ねられた時も、そこには意思がある。

そしてその意思の強さによって鮮度の持ちが変わったりもする。

”書きたい”と思った時、”伝えたい”と思った時以上に、その言葉たちが力を持って届くことは無い。ほとんど。

だから、公開しなかった時点で、過去の言葉たちはみるみる輝きを無くしていくのだ。

別に、オンラインで公開しなくたっていい。

誰かに宛てた手紙や、自分だけが読める日記でもなんでもいい。

実際に、誰かに渡そうと思っていた手紙を渡せぬまま、時間があいてから渡せるチャンスが来ても、その時は違う内容に直したくなっていたことってないだろうか?

日記を書いていたけれど、たまたま何日か書けなかったので、過去を振り返りつつ書いてみたけど、その日に1日を振り返った内容よりぼんやりしてしまったこととか。

その時感じたことや、残しておきたいことは、その時に形にすることって結構重要なんだ。

だから、もし伝えたいことや、忘れたくない記憶、残しておきたい言葉、嬉しかった出来事があるなら、早めに言葉にして伝えたり、書き残すのがいい。

全部が全部じゃないけれど、やっぱり言葉には鮮度があると思うんだ。

もちろん、表に出すことなく、大事に心にしまっておくのも素敵な選択肢だけどね。

誰かに伝えたい気持ちは、伝えた方がいいんだよ。

大事にしまっておいて温かくなる言葉もあるけど、伝えることで一層輝くを増す言葉もあるからね。

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