どんなに技術が進歩した令和でも、まだまだごはんは完全に自動では炊けない。
お米を計量して、研いで(無洗米という手もあるが)、適量の水を入れて、セットしてスイッチ押して。
食べたかと思えば、釜から内蓋からしゃもじから、なかなか細々と洗う必要がある。
もちろん火を起こすことから始めていた時代に比べればとんでもなく便利だし、別にいまの炊飯器にクレームをつけたいわけじゃなくてね。
毎日ヘビロテして、欠かせない調理家電のひとつなんだけど、まだまだ人力にたよる部分が多いからこそ、失敗することも多々あるよね、という。
特に水加減ね。これはむずかしい。
私は、お釜に親切に記してある量だと柔らかくて好みではないので、いつも少な目にしているんだけど、白米炊く分にはなんら問題なく、最近は結構好みに炊き上がる。嬉しい。
ただ、炊き込みご飯など、ちょっとイレギュラーなごはんでも炊こうものなら水分量はかなり難しい。
だって、具材によっては、仮に目盛通りに水を入れたとしても、食材の水分や調味料の具合で、ベチョっと仕上がることがあるんだから。
だから、いつも具材の量やいろんなバランスをざっくりながらも考慮して調節するんだけど、今日は見事に失敗した。
中華ちまき風の炊き込みご飯を作ったのだが、どうやら具材のポジショニングと入れた水が少なかったようで、半分くらい生煮え状態だった。
最悪である。ごはんが生煮えた時ほどテンション下がることはない。いや、あるけどさ。
自分が悪い癖に、イラッとしてしまい、テキトーに水を足し入れて、もう一度そのまま炊飯してやったぜ。
やけくそである。どうせ美味しくならないのだから、グツグツにしてやる。もはや呪いである。
しかし、あろうことかそのやけくそ攻撃の結果、めちゃくちゃいい感じに炊き上がってしまったではないか。
嬉しい。嬉しいけど、なんだこの「こんなはずじゃ…」感は。炊飯器がほくそ笑んでいる気がする。
結局、おいしく食べられることが出来てしまった。
失敗したんだけど、なんだろうこの達成感と満足感。そしてすこしのモヤ。笑
まだまだ全自動には程遠いな、なんていったけど、もしかしたら、すでに人が家電にもてあそばれてしまう時代に来ていたのだろうか…
なんて妄想を繰り広げながら、ごはんをおかわりしたのであった。
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