好き嫌いとの付き合い方

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私の親は、とにかくなんでも美味しそうに食べました。今も私よりよく食べます。信じられません(笑)。私は末っ子でしたが、兄弟も美味しそうによく食べました。

そんな家庭で育ったため、私にとって《出されたものはぜんぶ食べる》というのは、考える間もなく、ものすごく当たり前のことで、「それはいらない」とか「これ嫌い」とか食卓で聞かなかったかもしれないし、言わなかったと思います。

それがいいか悪いかもわからずに、そうしていました。

おかげで幼少期の私はコロコロに太ってたので、思春期はずっと太っていることを親のせいにしていました。笑

でも大人になり、自炊するようになって、自分でコントロール出来るようになってからは、なんでも食べさせてくれて、好き嫌いなく育ててくれたことに感謝しています。

私のまわりでも、今回のアンケートでも、好き嫌いがない!って人は、家族にも偏食する人がいないことがほとんどでした。「好き嫌いする」っていう概念がないんですよね。

◎グリーンピースをひとつひとつお箸でよける人

グリーンピースの入ったチャーハンってありますね。お店でそれが出てきた時に、ひとつひとつ丁寧にお箸でつまんで端っこによけてる人がいました

どうして嫌いなのか聞くと、「味や食感が嫌い」とのこと。

正直わたしはグリーンピースの味を意識して味わったこともなければ、食感が気になったこともありません。どこらへんが、そこまで丁寧に避けたくなるほどの原因なのかがわかりませんでした。

その時は「嫌いな食べ物があると大変そうだなー全部よけるの面倒だろうなー」と思ったのですが、近頃は少し考え方が変わりました。

◎好き嫌いがあることはダメなことか

一般的には、ダメと言われるでしょう。もちろん、好き嫌いが無いに越したことはないと思います。

でも、ある時ふと思いました。

グリーンピースが嫌いな人は、グリーンピースの味や香り、食感をよく知っている。

人参嫌いな子どもに人参を食べさせたいのに、どんなに小さくして混ぜこんでも気づかれるというお話も聞きます

それは、すごいことなんじゃないかな、と。

その人は、嫌いであるはずの食べ物の味をよく知り、感じることが出来るからこそ、苦手だなと判断して、避けることができるんだと思うんです。

たとえば私は、チャーハンにどんな具が入っていようと、《チャーハン》の味として味わうのですが、嫌いなものがある人は、《チャーハンの具》の味を感じている。

それって、やっぱり、すごいな!と。

まあこの視点は、「チャーハンが嫌い」とか「カレーが嫌い」とか、料理そのものが嫌いな人には当てはまりませんがね!はっはっは。

◎「食」における鈍感力

以前、「鈍感力」という本が流行りましたが、もしかしたら《食》にも、鈍感力が問われる場面があるのかもしれません。

つまり、私はチャーハンという名前がつけばチャーハン、カレーならカレーと思って食べてたんです。具が何かとか、味付けは何かとか、いちいち気にせず、ざっくりと食べていました。

ところが、好き嫌いがある人って、グリーンピースが入ったチャーハン、人参が入ったカレー、玉ねぎが入ったハンバーグのように、材料を意識しているんです。

つまり、素材や味に敏感なんです。

鈍感力マスターのような私でしたが、大人になって、自分で食べるものを選ぶようになって、さらに作るようになってからは、味にも敏感になりました。

同じ野菜でも、育て方や鮮度、管理によって味が全っっっ然ちがうことも知り、美味しい食べ物を知れば知るほど、味の差が嫌でもわかるようになりました。

でも、小さい頃から好き嫌いがあった人は、もしかしたら、非常に敏感で繊細な味のセンサーが、他の人より強く反応していたのかもしれませんね。

かといって、好き嫌いなくなんでも食べられることが鈍感だとは思いませんが、便宜上、それが鈍感力だとしても、それはそれでひとつの才能。

細かいことを気にしないことで、人より多くの経験や多くの機会を得られることもまた素晴らしいことですから。鈍感万歳!いぇーい!(限りなく自己肯定。笑)

◎「味覚」は変わる

よく「大人になって味覚変わった」という話を聞きます。「昔は苦手だったのに今は大好物」とか「昔は好きだったのに、今は苦手だ」とか。

味覚というのは、環境の変化や加齢に伴って変化をします。特に「苦味」は自覚しやすいかもしれません。

小さい頃は苦くて食べられなかった山菜も、大人になったらたまらなく美味しく感じる。最初は美味しさがわからなかったビールも、今じゃこの世で一番おいしい。

本来、「苦味」や「酸味」は、《身体によくないもの(毒)》として識別されるので、若い頃は苦手な人が多いです。

ところが、加齢や経験、ストレスなど、様々な原因で味覚が鈍ってくると、かつては拒否していた味も楽しめるようになってくるんです。

一方、年を重ねるなかで様々な味も経験していきます。

なので、一概にすべての味覚が鈍くなるのではなく、味を幅広く楽しめるようになる、と言った方がいいでしょう。

◎「好き嫌い」も変わる

人間関係でも、苦手だと思ってた人が、ひょんなきっかけで、ものすごく尊敬できたりすると、一気に好意的になることがありますよね。また、その反対も。

食べ物だって、いつどんなことをきっかけに好きになったり、もしくは苦手になってしまったりするかわかりません。

私は小さい頃、貝類の生臭さや金属っぽい味が苦手でした(とはいえ食べてはいました)が、ホタテや、ホッキ、カキにつぶ貝、もちろんアサリやしじみ、今では大好きになりました。お上品なダシもよく出るし、本当に美味しいものは、その甘みやクリーミーさが最高ですよね!!!くーったまらんっ!!!

一方で、子どもの頃はケーキやお菓子、ジュースが好きだったんですが、そう言っても周りの人は信じないくらい、今はほとんど甘いものを食べません。我慢してるわけではなく、あまり食べたいと思いません。

そんなのって、好き嫌いの度合いにもよりますが、たーっくさんあります!きっとみなさんにもあると思います!

昔からずーっと好きなもの、嫌いなものはあるかもしれませんが、苦手なものが平気になったり、昔はよく食べてたのに今じゃあんまり求めなくなったり。

そーゆー小さな変化は誰にでも心当たりがあるんじゃないでしょうか?

◎「好き嫌い」をとりあえず許してみる

私は、好き嫌い、あまりにも極端じゃなきゃ、あってもいいと思ってます。

野菜全部嫌い!肉だめ!魚介類全部やだ!だとちょっと困りますからね、改善の余地ありですけどね。

特に子どもの頃は、とにかく食べる楽しみやしあわせを大切にしたいなと思います。

大人になり、社会に出れば、嫌いだからと食べ物をはじいたり、よけたりすることを恥ずかしいと思うようになって、人前ではきちんと食べるようになるでしょうし。

大切なのは、好き嫌いを無くすことではなく、好き嫌いがあっても、誰かと食事をするときは、周りの人(一緒に食事をする人、お店や作ってくれた人など)に不快感を与えないような食べ方、振る舞い方を教えたり、学んだりすることだと思います。

人間関係でも、いくら嫌いな人でも、最低限、それをあからさまに顔に出さないのが大人同士の付き合い方だったりしますよね。

食べ物の好き嫌いはあっても、それを時と場合に応じて、上手に付き合えるようになることそれが大人の食との付き合い方かな、と思います。

だから、好き嫌いはあってもいいと思います。それは、あなたの味覚の好みですから。個性ですから。

子どもの好き嫌いも、栄養面など心配になるかもしれませんが、鬼のような顔で苦手な食べ物を嫌だと言っても食べさせられる苦行を子どもにさせていたら、そのうち食べることが辛くなるかもしれませんよ?

大丈夫。小学生になったら、中学生になったら、あっさり食べられるようになるかもしれない。

お魚が嫌いでも、好きな人がお魚大好きだと知った途端、自分までおさかな大好き人間になるかもしれない。「ホントお魚って美味しいよねー!」とか言い出したりして。そんなもんです。本当に。笑

だから、今までの好みも、今の好みも、これから変わるかもしれない好みも、自分なりに楽しんで、上手に付き合っていくことで、肩肘張らずに、楽しんでみませんか?

おしまい。

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