あんたの思いも背負ってくぜ。

最近の私が、心のなかでしょっちゅう唱えているセリフ。

ま、漫画『キングダム』の主人公が、大切な仲間を亡くした時や強敵を倒した時に相手にかける言葉なんだけどね。
(ああ、早く新刊出ないかな。楽しみ過ぎてツライな。)

でも、別に私は敵と戦っているわけでもないし、そんなしょちゅう仲間を失っているわけでもない。

じゃあなんの思いを背負ってんねんって話。

着物です、着物。

相変わらずハマり続けて、すっかり洋服より和服の方が楽しすぎるんですが、私の着物はあくまで普段着。
「汚さないように」「崩れないように」なんていちいち気にしながら、神経すり減らすような着方はしたくないので、基本的にリユースで購入しています。

着物って高いイメージがあるよね。私もあった。

でも、たとえ一度も着なくても、仕付け糸がとられていなくても、一度仕立てられた着物は、めちゃくちゃ安くなる。信じられないくらい。
私は身長が高い上に腕も長い方なので、リユースでサイズを見つけるのは難しいんだけど、それでも探せば数百円から数千円で手に入れることができる。

超信じられない。

着物って、生地を買って、自分の寸法に仕立てるのにもお金がかかるんだけど、まともに作ろうと思えば数十万から数百万まで、基本的に諭吉さんしかフィールドに立つことが出来ない。

だから、もちろん完全に自分好みの自分サイズが見つかる確率は低いんだけど、それを洋服よりもお手ごろな値段で手に入れることができるのは、価値を知っているほど信じられないくらいありがたい。

ありがたい、でも。

これらひとつひとつ、仕立てた人がいるのだ。

お金を貯めて、採寸して、生地を選んで、時間もかけて、着物に仕立てた人は必ずいるのだ。

それをたぶん、年をとって着られなくなった本人や、着物に興味がなかった娘や息子、処分に困った孫などなどが売ったから、いま私が破格の値段で着ることができるのだ。

きっとどの着物も、仕立てられた時のワクワクやドキドキ。
初めて腕を通した時の喜び。大切に長持ちさせるための丁寧な管理。
娘や孫が着てくれるだろうかという期待。

そういうのが全部詰まっていたんだよなあ、と思う。

「リユースの着物なんて、念がこもっていそうで気持ち悪い」っていう声を聞いたことがある。

たしかにそういう感覚を持ってもおかしくないと思う。

でも私はその念って、それくらい着物を大切にする思いなんじゃないかなって解釈するようにしている。

だから、さまざまな事情で手放されることになり私のもとへ来た着物に込められた気持ちは、全部背負って大切に着るよ。

そういうのが感じられるの、私はありがたいことだと思います。

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