「ラーメン評論家お断り」の何が悪いんだろう?私たちはちゃんとお客さんにならなきゃいけない。”お客様は神様”だから。

「食」と好み
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秋晴れにしてはちょっと暑すぎるくらいに思える土曜日の午後。

ちょっとダラダラ、いや本気でダラダラしながらTwitterを開いたら、私のタイムラインに次々と表示される「ラーメン評論家」の文字。

ラーメン大好きかとうさん。
え?どういうこと?なにがあった?と元ツイを探す旅に出ると、わりとすぐに見つかった。

要約すると、ラーメン屋を営む女店主(あえて性別を書いています)が、8割のラーメン評論家からマウンティングや言葉のセクハラを受けた経験があり、それを理由に避けることで中傷を受けたこともあったので、今後は入店を断りたいというもの。

これね。男女差があるのかもしれないけど、私は、ラーメン評論家でもラーメン屋でもなければ、経営者でもないけれど、 「ああ、わかる。そういうの、たぶんあるよね。」 って思った。なんともいえない、もやっとした、淀むような気持ち。

(性別について触れた点は過去ツイのマンスプレイニングに触れたものからそっとお察しください。)

こういうの、ラーメン屋じゃないけど、見たことあるんだよ。しかも何回も。

それは大抵、個人が営む居酒屋や料理屋さんで見かける。

常連客(じゃないかもしれないけど)と思われる人が、お店の料理に対して「もっとこうしたほうがいい」「これは無い方がいい」とコメントして、お店の方を困らせている光景。

そういう人は大抵カウンターでドカッと座り、とても大きな声で、「ちょっとマスター!」とか「ねえ大将!」と呼びかける。

「俺は常連だぜ?長く通っているんだぜ?」という風をビュンビュン吹かせている。激しめだ。

たぶんこのラーメン屋の店主がウンザリしてきたラーメン評論家たちも、こういうタイプだったんじゃないかと思う。

「俺、ラーメン評論家なんだけどさ?」「有名なラーメンブロガーなんだけど知ってる?」

これはただの自己紹介じゃない。

このセリフには、この肩書き紹介の向こう側には、こってりラーメンもかなわないほどのギラギラとした期待が込められているのだ。

(わかっているよね?俺に印象がいいといいことあるよ?わかっているよね?)
(言わなくてもわかっているよね?サービスしなね?お店の運命左右しちゃうかもよ?)

こういうの、ラーメン業界に限らずあるよね。

「私、こういうもの(肩書き)です」

という自己紹介に、(わかっているよね?)という含みがこもっているやつ。

実際、まじでどんな権力握ってんねんそもそも誰だよお前残念ながら知らねえよって思っていても、
「え!そうなんですか~!いや~嬉しいです!光栄です!気に入ってもらえるといいんですけど…ああはは…(誰だよまじで)」
って返す人も世の中少なくないと思う。

これ自体は別にそれぞれの世の中の渡り方だから好きにすればいいと思う。

でもなあ。

ラーメン評論家がラーメン店にマウントとる意味は本当にわからんよね。嫌がらせする意味も。

創意工夫をしながら唯一無二のラーメンを研究しているラーメン屋さんがあってこその職業(肩書)じゃないの?

もしその上に立とうとしているとしたら、足場の組む場所間違っているよ。

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私は、食べ物が大好きだし、外食も大好き。ごはんを作ってもらえるって嬉しいしありがたい。

これまで知らなかった味や、自分じゃ思いつかないような組み合わせに驚かされたり、楽しませてもらえるなんてしあわせ。

全体がお気に入りのお店もあるし、「これを食べるならこのお店!」というようにピンポイントで好きな料理があるお店もある。

だから、自分の中のランキングもあるし、評価もある。

けど、それは仮に自分が評論家だったとしてもお店にあれこれ言う筋合いはないのだ。

イマイチなお店やメニューも実際にある。

けど、行かなきゃいいし、頼まなきゃいいのだ。それだけのこと。

そして世の中にはそれを世界一美味しいと思って食べている人もいるのだ。

だから面白いんじゃん。だから楽しいんだよ。

だから自分の好みにドンピシャのお店が見つかると嬉しいんだよ。

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ラーメン評論家に限らず、グルメな人はいる。

でも、それは知識や情報量が評価されているのであって、決して権力ではない。

というか評価する側が権力として使ってはいけないのだ。

もちろん膨大な経験から、統計的に大衆が美味しいと思える味と言うのはあるだろうし、それをもとに評価している人もいると思うけれど、結局はとどのつまり個人の好みだ。

さまざまな評価(レビュー、星の数、受賞歴など)に意味がないと言いたいんじゃないよ?わかるでしょ?

でも、料理の味に絶対的な順位はない。

だって料理って、味だけじゃないから。

その時の感情や体調、シチュエーションや天候、誰と食べたかetc…

料理って、もっと楽しいものだから、シンプルに味が美味しいものより、食べて幸せな気持ちになれるようなものが本質だと思う。

もちろんこれもあくまで私の考えなので、違う意見はあっていいんだけど、でもお店って食事の空間を提供しているんだよ。

だから、いくら味を追求しても雰囲気が悪いと客足は遠のくし、味はパッとしなくても、なんとなく落ち着いたり、いつも温かく迎えてくれたり、贅沢感を味わえたりするお店は続く。

そしてそれは店主によってコンセプトがあって、「ミシュランに載りたい」「落ち着けるごはん屋さんにしたい」「特別な日にふさわしいお店にしたい」とかね、いろいろあるはずなんだよ。味だけじゃないんだよ。

だから、たとえ評論家だろうがマニアだろうが、いちお客さんがアレコレ口出ししていい領域じゃないと思うだよね。

昔からの常連客だって、お店の迷惑になるような言動はしちゃいけないし、いくら馴染みでも客としての一線を超えちゃいけない。

有名YouTuberだって、再生回数や登録者数が多いからって嫌がらせや不法行為、大勢を不快にするようなことをしていいわけじゃない。

どんな立場だろうと、お店に伺う時は大勢の中のお客さんの1人にしかすぎないし、それでいい。

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お客様は神様だっていう。

それは、神様だからなんでもしていいわけでもないし、お店は必要以上のサービスをしなければならないということでもないと思うんだ。

お客さんになる時は、神様のように広い心で、温かい気持ちで、思いやりをもって、振る舞いましょうと言う、むしろ客側が自戒を込めて唱えるべきテーマだ。

神様も、付喪神も、座敷童も、居心地の良いところにしか住まないとするならば、お店を選ぶときは人間を装った神様になった気持ちでおおらかに振る舞い、「合わないな」と思ったらそっと去ればいいのだ。

決して「あ、ちなみに自分神様やってるんですけど、知ってる?」なんて言っちゃいけない。

うさんくさいにもほどがある。

 

 

 

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